秋田豊さんのサッカーワールドカップ日本代表選手としての経歴

プロフィール

秋田 豊(あきた ゆたか、1970年8月6日 – )さんは、愛知県名古屋市中村区出身の元サッカー選手、サッカー指導者。実業家。現役時代のポジションはDF。元日本代表。1998年、2002年W杯メンバー。

日本代表として

1998 FIFAワールドカップ

1998 FIFAワールドカップ・アジア予選が始まった段階では、センターバックの3番手という立場だったため、4バックが基本のチームでは控えでした。しかし加茂周監督がセンターバックを1枚増やした3バックを導入するとスタメンで出場し、対人や空中戦での強さを見せ評価を急上昇させると、岡田監督体制になり、4バックに移行後もレギュラーに定着。

ヘディングで2得点するなど、攻撃においてもセットプレイで大きな武器ともなりました。1998 FIFAワールドカップ本大会ではアルゼンチンのバティストゥータさん、クロアチアのシュケルさんなど相手のエースのマークを任されました。

2002 FIFAワールドカップ

トルシエ体制では立ち上げ当初こそ召集されるも、まもなく構想から外され召集外となりますが、本大会メンバーにまさかのサプライズ選出され、2002 FIFAワールドカップに出場。トルシエさん曰く「試合には出ないがチームを纏めるためにベテランが必要」と語っていて、実際大会前のテストマッチ1試合の後半途中から出場したのみで、本大会ではフィールドプレイヤーとして唯一出場機会がありませんでした。

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