福西崇史さんのサッカーワールドカップ日本代表選手としての経歴

プロフィール

福西 崇史(ふくにし たかし、1976年9月1日 – )さんは、愛媛県新居浜市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。NHKサッカー解説者、タレント。ポジションはミッドフィールダー(MF)で、ボランチを務めました。元日本代表。日韓、ドイツワールドカップ日本代表メンバー。

日本代表として

2002 FIFAワールドカップ

2002年、日韓ワールドカップのメンバーに選出されて、第2戦のロシア戦に出場。短時間の出場ながら、愛媛県出身者としては初のワールドカップ出場であり、大会終了後には同県から「文化・スポーツ賞」を贈られました。

2006 FIFAワールドカップ

ジーコ監督率いる日本代表チームでは、稲本潤一さんの負傷離脱をきっかけに激戦区となっていたボランチのレギュラーを勝ち取り、危機察知力と競り合いの強さを発揮。中盤のバランサーとして重用されました。ボランチの一角には中田英寿さんが定着しましたが、果敢にボールを奪いに行くことを要求する中田さんと、中盤のスペース管理を優先する福西さんとの間でぶつかる場面もありました。

2006年、2度目となるドイツワールドカップでは2試合に先発出場しました。ジーコの後任を担ったイビチャ・オシムさんは、この時の日本代表について、中盤での守備を担う選手が不足しているとして

イビチャ・オシムさん
イビチャ・オシムさん

水を運ぶ選手も必要だ。福西1人で水が運べるのか

と評しています。福西さん自身は後年、磐田と代表とでは意識的にプレーを変え、ボール奪取やバランスを取る役割をこなしていたと語っています。

タイトルとURLをコピーしました