稲本潤一さんのサッカーワールドカップ日本代表選手としての経歴

プロフィール

稲本 潤一(いなもと じゅんいち、1979年9月18日 – )さんは、鹿児島県姶良郡湧水町生まれ、大阪府堺市育ちのプロサッカー選手。元日本代表。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。

2002年、2006年、2010年と3大会連続でFIFAワールドカップに出場し、2002年大会では2得点を挙げ、日本代表初のベスト16に貢献。妻はモデルの田中美保さん。

日本代表として

2002 FIFAワールドカップ

2002年、日韓W杯代表に選出されて、W杯初出場。第1戦のベルギー戦では一時逆転となったゴールを決めて日本のW杯初勝ち点に貢献。第2戦のロシア戦では決勝点を決め、日本のW杯初勝利、決勝トーナメント進出に貢献しました。

2006 FIFAワールドカップ

2006年6月、ドイツW杯に招集されます。第2戦のクロアチア戦の後半に途中出場。第3戦のブラジル戦、稲本からの左サイドへのグラウンダーのパスによるサイドチェンジは玉田圭司さんのゴールの起点となりました。チームは2敗1分でグループリーグ突破はなりませんでした。

2010 FIFAワールドカップ

日本代表の岡田武史監督より、2010年の1月25日から行われた代表合宿に追加招集され、また東アジア選手権にも出場。2010年5月には、南アフリカW杯の日本代表メンバーに選出されました。稲本さんにとっては、3度目のW杯出場となりました。本大会ではグループリーグでのカメルーン戦とデンマーク戦に途中出場しました。

タイトルとURLをコピーしました