森島寛晃さんのサッカーワールドカップ日本代表選手としての経歴

プロフィール

森島 寛晃(もりしま ひろあき、1972年4月30日 – )さんは、広島県広島市南区出身の日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。愛称は「ミスターセレッソ」「モリシ」。ポジションはミッドフィールダー(OH)、フォワード(ST)。

1998年、2002年FIFAワールドカップメンバー。

日本代表として

1998 FIFAワールドカップ

1995年、加茂周監督により日本代表に初招集。加茂政権下では一時期レギュラーにも定着しましたが、中田英寿さんの登場と共に控えとなり、岡田武史さんへの監督交代後も主にスーパーサブ的な起用をされ、1998年のワールドカップ フランス大会日本代表にも選出、1試合に出場しました。

2002 FIFAワールドカップ

2000年には、フィリップ・トルシエさんの監督就任後遠ざかっていた日本代表にも再び選出され、C大阪のチームメイトである西澤明訓さんと共に、日本の攻撃陣を牽引し、2000年のハッサン2世国王杯、アジアカップ、2001年のFIFAコンフェデレーションズカップなどで日本の上位進出に貢献。

2002年の日韓ワールドカップには、西澤さんと共にJ2クラブからの代表選出を果たし、スーパーサブとして3試合に途中出場、グループリーグ第3節・対チュニジア戦で、日本の決勝トーナメント進出を決める決勝点を挙げました。この試合の会場は、C大阪の本拠地・長居スタジアムであり、「自国開催のワールドカップで、所属するクラブのホームスタジアムで得点を挙げる」という記録でもありました。

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