フィリップ・トルシエさんのサッカーW杯日本代表監督としての経歴

プロフィール

フィリップ・トルシエ(Philippe Troussier、1955年3月21日 – )さんは、フランス出身のサッカー指導者、元サッカー選手。本名・ムスリム名:オマル・トルシエ(Omar Troussier)、旧名:フィリップ=ベルナール・ヴィクトル・トルシエ(Philippe-Bernard Victor Troussier)。

1998年から2002年まで日本サッカー協会の要請を受け、サッカー日本代表監督となります。アフリカでは「白い呪術師」(フランス語:sorcier blanc、英語:white witch doctor)とよばれます。

日本代表監督として

1998年9月20日、フランスワールドカップ終了後に、日本代表監督に就任。契約期間は2年で、その後2年はオプション。ファルカン監督以来5年ぶり、3人目の外国人監督となりました。

2002年6月 日韓ワールドカップでは、有力視されていた中村俊輔さんを代表から外したことで話題を呼びました。

本大会グループリーグ初戦のベルギー戦では2-2で引き分け、続くロシア戦では1-0で勝利、最後のチュニジア戦も2-0で勝利し、通算2勝1分でグループリーグ1位の成績で突破し、日本代表を初の決勝トーナメント進出に導きます。しかし決勝トーナメント1回戦トルコ戦、日本代表は0-1で敗れます。W杯終了後、監督を退任しました。

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